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2019年07月31日

8:新たな挑戦のスタート

年始早々受験ラッシュ。本当に中学受験は大変。
当然正月などあったものではない。
結果は無事合格でほっと一息。よく頑張りました。


さて次は自分の番。
A君に即連絡。
彼らはまず自分達が大分まで挨拶に来てと仁義を切りたがっていたが、
今時三顧の礼でもあるまい。
やると決めたならそんな礼儀作法はすっ飛ばし、直接現地で店舗や商品を
見ながら話しを進めたほうが早い。


ただその誠意には嬉しさを覚える。
自然とモチベーションが上がる。
誰かの役に立とうという素直な気持ち。
仕事をする上で一番大切なことだと改めて気づかされる。


そんなことを思いながら、自分が渡航できる最短スケジュールがどこなのか、
楽庵の予約表とにらめっこ。



私も自分の店のお客さんの予約スケジュールもあるので、結局翌月2月初旬の渡航で決定。
いよいよ新たな挑戦がスタートする。
  


2019年07月27日

7:リハビリ

会社を辞めて早10年。
今は全く違う業界にいるので、少し頭を慣らそうと、
受験対策をする傍ら、自分自身のリハビリを始めた。


在職中の様々な資料、手帳やメモを時系列に整理しながら記憶をたどる。
社長からもらった課題図書も改めて読み直してもみた。


あちらこちらにメモしてある社長の肉声。
発せられたままの言葉を走り書きしている内容を読み返して、
もしかするとその当時よりも今のほうがその本質を理解できているのでは
ないかと思うことが多々あった。


個人で商売を始め、誰からも何の助言も受けず、あえて自分の頭だけで
考え判断し行動してきた中で、自然と在職中の経験が血肉となっていることに
気づかされる。







  


2019年07月24日

6:タイミングを計る

A君から連絡。
『R君と一度年内に大分まで挨拶に行きます。
今後の戦略もゆっくり練りたいので温泉にでもつかりながら・・・』


いよいよもって、彼らは前のめりだ。
人に請われるというのは悪い気はしない。
どうすべきか物事の優先順位とタイミングを見計らって
すべての折り合いをうまくつけたいと思う。


中国の件、自分の店、息子の受験。
息子の受験は結果はどうあれ後2か月。
そこまで待ってもらえれば、あとは自分の店の営業との両立をどうするかだけ。


結局は彼らのスケジュールが調整できず大分訪問は一旦流れ、
年明けにリスケするということになったのだが、こちらにとっても好都合だった。







  


2019年07月20日

5:賛否両論

挑戦してみようと腹をくくったが、一つ大きな問題がある。
上海まで行くとなると数日店を休むことになる。
この土地で商売を始め、それなりに根付き、お客様もついている。
安定した状態をわざわざ変える必要があるのか。
お客様に迷惑をかけるのではないか。
店休日の多いサービス業などお客様の立場では使い勝手の悪い店になるが・・・。


常連さんたちにそれとなく話してみると、

『危なくないの?』

『つかまったりしない?』

使い勝手のことではなく、私の身の安全についての心配の声。
本当にありがたいことです。


当時の日中関係は今と比べればまだまだ緊張状態。
のちに地質調査を依頼された日本企業の社員が現地で拘束される事件が
あったように、決してない話ではなく、皆さんの心配も過剰ではない。
そんな時期でした。


極々少数の、
『新しいことにチャレンジするのはいいこと』と背中を押してくれる方も。


この人たちが使いにくい店にならないように、どのような契約をするのが良いのか。
契約交渉の場での私の要望を整理しておかないといけないなと。



  


2019年07月13日

4:子供からの刺激

当時の我が家は、子供の中学受験対策の真っただ中。
6年の夏から本格的に受験準備を始め、この時は本番を目前の11月。


焦りと不安の中、周囲からの遅れをキャッチアップしていく子供の姿を
頼もしく見る反面、なにやらよく分からない感情が芽生え始めていた。


軌道に乗っている今の商売になんの不満もないし、
なにより贔屓にしてくれるお客さんがいる。
何も無理して現状に変化をつけることもないのではないかとも考えるが、

『自分は今のままで良いのか』

『自分はなにかに挑戦しているのか』

『現状維持でよいのか。新たなチャレンジが必要ではないか』

自問自答を繰り返す。

挑戦する子供の姿に刺激を受け、何かやりたいという気持ち。
まだまだ影響を与え続けるぞという親としての責任感。
そんなことを思い始めたときに、中国の案件は絶好のタイミングで訪れた。
これは運命ではないか。
そんな考えが気持ちの中で勝ち始めた。





  


2019年07月08日

3:即レス

『実は彼はカジュアルウェアの会社を仲間たちと立ち上げています。
今7店舗あって来年末までに30店舗くらいにしたいそうです。
僕も可能な範囲でアドバイスをしています。
山口さんには店舗運営のノウハウを教えてもらいたい。
出来れば早いうちに一度上海まで店舗を見に来てくれませんか』


『・・・』
なんという想定外な返信。
それにしても出店ペースが速すぎないか。資金はあるのか? 人は? 出店場所は? 
いろんなことが気になる。
どう返事を返すか迷っていると、続けて、


『正式に契約となれば月に1、2回上海まできて指導をお願いしたいです。
顧問料等はお支払いします。』
これってコンサルティングのオファーか?


話しの展開にまだ頭が追いついていかない。
会社を退職してはや10年。
その後まったく違う業界に生きている。勘も鈍っているだろうし、
色々なことを忘れているだろう。
そもそも今のアパレル業界がどのようにうごいているかの知識がない。

そんな調子の今の自分にやれるのか。




  


2019年07月04日

2:後輩からのLine

話しの始まりは会社努めしていたころの後輩A君からのLineでした。
A君は私よりも3年後輩。入社後私が担当していた地域の店舗に配属されてきました。
たくさんいる新入社員のなかでもひときわ目立つ存在。

小売業の現場というのは多かれ少なかれマニュアルが存在し、それをベースに指導するためか、
仕事場の風土もまずは言われたことをやれという命令調。軍隊、もしくは体育会。
今は時代が違うのでしょうが、私が現場にいた1990年代というのはどこもそんな感じでした。
上司の前で委縮する新入社員が多い中、彼は自分の意志を持ち、
疑問に思うことはどうどうと言ってくる。
でもこちらがきちんと説明すれば理解が速い。
マニュアルを丸暗記するのではなく、内容の奥にある本質を理解しにくるようなタイプ。将来有望だなと思っていました。
その後は本社勤務となり商品部門の責任者になっていくのですが、そんな姿も入社当時を思えば当然かなと思いました。

会社を退職した後も、時々互いに近況報告しあうようなゆるーくつながっている一人。
その彼からいつもとはトーンの違う内容の連絡。

『中国のR君を覚えていますか。最近上海出張時にちょくちょく会います。
先日山口さんの話題になり、是非会いたいとのことでしたよ』

R君は私たちが在籍したF社が中国に進出したときに現地採用した新卒一期生。
中国に出張したときにその働きっぷりや現地社長の接し方を見ていて将来有望だと思っていた人物。

(へー、A君仕事で上海に行くんだ。)などと思いながら、今の仕事をしていて中国に行く機会など皆無で、社交辞令程度に、
『機会があればぜひ会いましょうと伝えておいて』と返事しておきました。

この時はまだその後に起こることはまったく予測していませんでした。


  


2019年07月01日

1:オープニング

2017年2月から約2年半、本業の整体院の経営の傍ら中国の新興アパレル企業に
お邪魔していました。

一段落ついたところで自分なりに振り返ってみようと思います。


そもそも東京から別府に移住し、少し穏やかな時間を過ごしたいと思っていた自分が
何を思って海外まで足を運び、言葉の通じない人達と交わりながら、
何を成し遂げようとしていたのか。
何に気づき、何を学び、どう今後に活かすのか。


そんなことを考えながら、ぼちぼち思い出しながらブログを書いてみようと思います。